病気の経験3
2024年12月29日
皆様こんにちは、もうすぐ新年ですね。
皆様はお正月どう過ごしますか?
私はお刺身や雑煮などを食べてのんびり過ごす予定です。
さて、これが今年最後の投稿になります。
今回は腫瘍が出来た原因について書いていこうと思います。
それでは始めていきます。
小児科に移って、私は大部屋に入る事になりました。
移ってからも数日間は何もなく、まだ絶食中という事で栄養点滴とラコールという栄養剤を飲みながら過ごしていました。
大部屋なので他に入院してる子がいたのですが、術後の一人部屋だった時と違い、もちろん毎日病院食が運ばれてきます。
なので絶食中の自分にとっては、辛くて羨ましくて仕方がありませんでした。
そして遂に食事の許可が出て、最初の食事はお粥と具なし味噌汁でした。
咀嚼出来るという事と味噌汁の味に感動しましたね。
病院食なので薄味だったと思いますが、塩味を長いこと感じていなかった身体には染み渡る美味しさでした。
食事を吐いてしまうとまだ絶食を続けなければいけなかったところ、吐く事も無かったので無事に普通の食事に戻っていきました。
そしてこの時から、今まで美味しいと感じていたラコールが不味く感じる事に驚きもしました。
そんな事があったそのすぐ後、主治医の先生に呼ばれて個室で話をする事になりました。
その内容は私の病気と治療についてでした。
私の病気は『骨髄肉腫』というとても稀な病気でした。
骨髄肉腫は悪性リンパ腫と誤診される確率が約半分程度あるそうで、現に前の病院では悪性リンパ腫の疑いと診断されていましたね。
ですが、最終的には骨髄肉腫と診断されたので、そこは本当に良かったです。
聞いたところによると数十例しか症例がないらしく、先生も誰も知らない病気だった様でした。
あまりにも症例が少なく、治療法が確立されていないので、ダメ元で急性骨髄性白血病の治療法に基づいて抗がん剤治療や移植をする事になったという話でした。
そして私の場合、この病気が判明した時点でかなり病気が進行していて、発見が後少し遅かったら手遅れだったかもしれないという事も伝えられました。
この話を聞いて私は絶望しました。
便秘から手術までが既に辛かったのに、またここから地獄が始まるのかと。
頭が真っ白になり、話された事はほとんど忘れてしまいましたが、少し後にそれは諦めに変わり、もうなるようになれという気持ちになっていました。
治療については抗がん剤と移植をするのですが、通常5や6クール以上かけてゆっくり治療するところ、ゆっくりやっていたら間に合わなくなるということで、3クールという短い期間でその分抗がん剤も大量に増やし、強い抗がん剤も使い、早く移植まで繋げるというやり方になりました。
そして、この翌日から抗がん剤治療が始まりました。
今回はここまでにしようと思います。
腫瘍が出来た原因は骨髄肉腫という病気のせいでした。
前の記事で少し触れましたが、何ヶ月も前から精神的に既にやられていたところに、手術と大きな病気が判明という事でもう本当にボロボロで、ここから色々壊れていったのかなと思っています。
まだ先の話ですが、退院してからの事も書いていくつもりなので、これからも見て頂けると嬉しいです。
次回は抗がん剤治療についてです。
それでは皆様、良いお年を